国内の不動産業界においては、木造の耐火仕様に関する建築基準法改正による中高層木造建築物の推進が分かり易い脱炭素トレンドの一つかと思われます。パリ協定をきっかけとして多くの企業がカーボン・ニュートラル目標を掲げる中、建設・建築業界の国際トレンドや注目すべき事項を、スコープ1~3、欧州の不動産開発動向、間もなく発表が予定されている最新基準のLEEDv5という3つの視点からまとめて行きたいと思います。

 建築物においてスコープ1は建物での直接的なエネルギー消費に伴う地球温暖化ガス排出量、つまり給湯やコジェネレーションシステムが熱エネルギーを得るための都市ガス利用、非常用発電機が使用する重油の消費などが該当します。スコープ2に関しては建物内で消費する電気、冷温水、蒸気などが、対象となる建物外で生産され、そこでのエネルギー消費に基づき発生する地球温暖化ガスが該当します。建築物におけるスコープ3はエンボディドカーボンと呼ばれる、構造と外皮、非構造部材、空調・給排水衛生・電気設備の原材料調達、そうした物資の輸送や生産時に発生する地球温暖化ガスが該当します。また、施工者の建設資材調達に関わるサプライヤーから工事現場までの輸送に関わる排出量や建設時に使用する重機の燃料消費量、仮設事務所の光熱費などもスコープ3排出量に含まれます。一つの建物で見た場合、地球温暖化ガス排出のおよそ90%は構造体由来であり建設業界ではこのスコープ3排出量の削減が急務とされています。

 次に交通や製造業で構成される産業セクターで見た場合、建物運用時の地球温暖化ガス排出量は約28%、更に、鉄骨やコンクリートを代表とする建築資材の製造に伴う排出量が約23%あり、産業セクター全体に対する建設・建築業界の地球温暖化ガス排出量は凡そ50%を占めると指摘されています。海外の動向としてAIA(アメリカ建築学会)では早急にエンボディドカーボンを2020年ピーク排出量と比較し、40%削減、2030年に65%削減、2040年にゼロエミッション目標を掲げています。更にグローバル展開する開発事業者は現時点で50%削減、2030年のゼロエミッションを目指しています。

 ERMにおいてもこのようなアグレッシブな目標を目指す建設プロジェクトのエンボディドカーボン評価のサポートを行っています。エンボディドカーボンの削減においては、構造体の最適化、軽重量化、ボリュームスタディなど設計プロセスでの対策も重要ですが、サプライチェーン全体を対象とした脱炭素が不可欠となります。具体的には鉄鋼材料においてはリサイクル含有率の高い電炉材、コークスの代わりに天然ガスを使う直接還元鉄、更にはスウェーデンのSSAB社が開発・流通を先行する水素還元鉄の活用が考えられます。コンクリートにおいては高炉スラグやフライアッシュ混合セメントに加え、CO2吸収コンクリートの検討が国内外で進んでいます。

 脱炭素の取り組みが先行するヨーロッパでは、ビル全体のLCA(Life Cycle Assessment; ライフサイクル全体を対象とした環境影響評価)がデンマーク、フィンランド、フランス、オランダ、スウェーデン、そしてロンドンにおいて法令化されています。また、EPD(Environmental Product Declaration; 日本においてはエコリーフ認証が同等の製品として流通しています)と呼ばれる建築資材の原材料調達、輸送、生産時の地球温暖化ガスを含む環境影響評価を行い、その結果の定量的な表示がベルギー、フランス、イタリアにおいて法令で義務付けられており、建築業界全体の脱炭素を促進させています。

 建築物のLCAが法令で義務付けられているロンドンでは、建設時におけるエンボディドカーボンを2030年に65%削減(躯体再利用率50%、解体・処分時の建材再利用率を80%)を目標とし、2050年にはネットゼロ(建設時、解体・処分時共に100%再利用)を目指しています。この目標を反映し、近々のロンドンでのオフィスや商業エリアで構成される複合施設開発において既存躯体の活用+CLT(Cross Laminated Timber; 直交集成材)の採用でエンボディドカーボンの50%削減、スコープ1&2においては環境配慮型とされてきたコジェネレーションシステムの採用を見直し、再エネを含むオール電化とし、一般的なオフィスと比較して50%削減を達成することなど野心的な取り組みが見られます。更に、運用時のCO2排出量削減対策として、新規開発では駐車場設置を認めず、シャワー、ロッカーを完備した1500台以上の駐輪場を設置し、利用者のビル通勤時の排出量削減対策を求めています。これらの開発においてはBREEAM(BRE Environmental Assessment Method; イギリスのグリーンビルディング認証)、LEED(Leadership in Energy and Environmental Design; 米国のグリーンビルディング認証 )、そしてWELL(建築空間のウェルネスを評価する認証)など国際基準のグリーンビルディング認証を高ランクで取得するなど、定量的な脱炭素評価を示さなければ開発許可が下りない状況と言われています。

 最後にこれらの脱炭素動向を反映した最新版のLEEDでは、さらに進んだ気候変動及び脱炭素戦略が盛り込まれています。現行のLEEDv4は10年ほど前に発表されており、前述した建物全体のLCA評価、リサイクル率の高いコンクリートや鉄骨の採用などによるエンボディドカーボン削減、地場産の資材活用を評価する項目は既に存在していましたが、2024年に発表が予定されているLEEDv5においては、更なるEPD取得建材の採用やパフォーマンスベース或いは規則的な建物LCA評価を組み込むことが発表されています。運用時のエネルギー消費量はこれまでは光熱費換算で削減率を評価していましたが、エネルギーシミュレーションによる電気やガス消費量にCO2排出量原単位を乗じてCO2排出量をモデル化し、実質的な脱炭素対策を評価する内容にシフトするとアナウンスされています。これにより、化石燃料利用ではなく、低炭素あるいは再生可能エネルギーの敷地内での利用または外部調達の取り組みが無いと高得点を得られない内容に更新されます。この内容からUSGBC(米国グリーンビルディング協会)が需要側から利用する資材やエネルギーのサプライチェーン全体を含めた脱炭素の取り組みを各国で促進させる意図が見えます。

 このような状況において、デベロッパー、建設業者、設計会社、更に建材メーカーはどのような取り組みが求められるのでしょうか。アメリカの航空会社に対しては、カーボンオフセット(カーボンクレジットを購入・活用することで地球温暖化ガスを仮想的に削減する手法)に重点を置いた脱炭素の取り組みがグリーンウォッシュだとして消費者から集団控訴されたというニュースなども出てきています。日本においても過大な環境広告が厳しく規制され始めるなど各企業はこれまでより一層、実質的な脱炭素の取り組みが求められています。外資系企業の国内開発やテナント誘致においては、グリーンビルディング認証取得やエンボディドカーボン開示を通した気候変動及び脱炭素の対策が求められています。国内の脱炭素の取り組みを加速させるには、特にサプライチェーンへの影響力が大きいとされる開発デベロッパーから率先してエンボディドカーボンの定量的評価、削減対策、サプライチェーン全体に対して再生可能エネルギー活用を求めていく活動などが期待されます。

 ERMではLEEDやWELLなどのグリーンビルディング認証取得コンサルティングのみならず、ポートフォリオ単位のLCA評価及び、削減ロードマップの立案、建築資材のEPD認証取得サポート、再生可能エネルギー調達、運用時のエネルギー消費量削減のためのエネルギー監査業務などのサービスをスコープ1~3を含む、サプライチェーン全体を対象としての脱炭素ソリューションを提供しています。

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