ビジネスと人権に関する国際的な潮流

 「ビジネスと人権」という観点から求められる企業の責任は法規制により変革してきました。2000年に国連グローバルコンパクトが発足し、2011年にはOECD多国籍企業行動指針の改訂および国連ビジネスと人権指導原則(以下、指導原則という)の採択がなされました。指導原則では、「人権を保護・保障する国家の義務」、「人権を尊重する企業の責任」、「救済へのアクセス」が三本の柱となり、「人権を尊重する企業の責任」は多くの企業において、基本原則として参照されています。国の取組をみると、2015年に英国現代奴隷法、2017年にフランス親会社および発注会社の注意義務に関する法律、2018年に豪州現代奴隷法、2021年に米国ウイグル強制労働防止法など、いわゆるハードローが制定されています。欧州では2023年に企業持続可能性報告指令(以下、CSRDという)が、2024年には企業持続可能性デュー・ディリジェンス指令案(以下、CSDDDという)が施行開始するなどしており、欧州を中心に人権デュー・ディリジェンスに関する法制化が進んでいます。最近では気候変動や生態系、先住民族の権利に関連して欧州森林破壊防止規則(EUDR)が2023年6月に発効されています。

 一方で、米国をはじめとして欧州にも波紋を及ぼしているのが、これまでの潮流に逆らうかのような各種法令やルールの一時停止、撤回や、スコープの縮小です。米国では投資家向けの情報として気候変動関連の開示を求めて2024年3月に制定された米国証券取引委員会(SEC)のclimate disclosure rulesの発表が一時停止しています。EUのオムニバス法案ではCSRDやCSDDDなどの法令について、大幅変更・スコープ縮小を行う案が提示されています。CSDDDにおけるデュー・ディリジェンスの対象が、基本的には企業のバリューチェーンの直接取引先に限り、負の影響を示唆する情報(苦情やNGOの報告など)がある場合のみ直接取引先以外にも対象が拡大されるという企業が取り組みやすい形で提案されており、大きな変化の一つと言えます。また、オムニバス法案ではCSRDに基づく情報開示の開始時期も延期する案が含まれています。

ビジネスと人権に関する日本企業の変革

 日本では、OECD多国籍企業行動指針や指導原則からの流れを受け継ぎ、2020年に「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)が策定され、2022年に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が制定されました。これを受け、日本でも多くの企業が人権方針やサプライチェーン行動規範を策定し、その運用を図るべく人権デューディリジェンスに取り組んでいます。また、ESG投資の拡大を受け、サステナビリティへの対応は、中長期的な企業価値の向上の観点から行うべきであるという旨のコーポレートガバナンスコード改訂が行われるとともに、有価証券報告書等におけるサステナビリティ情報の開示が進められてきました。公共調達の分野でも、東京オリンピックや大阪万博における持続可能性に配慮した調達基準のほか、東京都でも社会的責任調達指針が策定されています。

 このような日本企業の人権の取り組みの要因は、投資家や規制対応だけでなく、NGOや市民社会からのクレーム、訴訟、糾弾リスク、不買運動、取引の停止などのリスクへの対応の必要性が大きく影響していると考えられます。日系企業もグローバルに網の目のように広がる複雑なサプライチェーンの中でビジネスを展開しており、自社がTier1サプライヤーの場合、国内外の顧客企業から行動規範等の遵守、質問票への回答や自社のTier1サプライヤーを含めた監査の要求を受けるようになってきています。

 このように、日本における人権対応状況は、企業の規模等により異なるものの、外部からの圧力もあり、人権方針の策定や初期のリスク評価実施を終え、負の影響を防止・軽減するための具体的な措置の段階に進みつつあるといえます。

求められる日本企業の姿勢

 こうした人権に関する国内外の潮流に合わせ、日本企業は、法規制や開示要求への対応だけでなく、自社のサプライチェーンを含めた製品・サービスの立ち位置を理解するとともに、自社の影響力を踏まえて、ビジネスと人権に関する自社が果たすべき責任を明確にすることが重要と考えます。サプライチェーンには複数の企業が関係することから、デューディリジェンスの効率性、実効性を高めるため、また、各企業で責任を分担する観点から、関係企業がサプライチェーンデューディリジェンスに対して協働して取り組む場合があります。この点は、国連ビジネスと人権指導原則19でも求められているものです。現在、多くの監査・評価基準やガイダンスが用いられており、自社のビジネスとの関係性や優先度、顧客やサプライヤーの要求を踏まえた対応が必要となります。

 加えて、人権分野の取組はサステナビリティ部門だけでなく、経営企画、法務、人事、購買等との協業が必要であり、さらに全社、サプライヤーへの展開が必要になります。人権に関する理解を深め、円滑に人権デューデリジェンスのプロセスや苦情処理メカニズムを運用するための体制構築が求められます。

ERMのサービス

 ERMのSocialサポートチームでは、ERMのグローバルネットワークを活用し、以下のようなサービスを提供しています。なお、人権のカバーする範囲は、広範にわたりますが、ERMはグローバルな環境・社会・安全のコンサルタントであり、従来から先住民や用地取得、環境、安全を含む幅広い分野に対応しています。

  • グローバルスタンダードに基づいた人権方針や調達方針の策定支援
  • 人権リスク評価、マッピング支援
  • 教育・研修、啓蒙活動支援
  • 国内外サプライチェーン管理支援
  • 負の影響を緩和するためのシステム構築支援(苦情処理メカニズム、モニタリング)
  • ライツホルダーとのエンゲージメント支援
  • 新規事業向け環境社会審査体制構築、環境社会DD実施支援(M&Aを含む)

 最近は、グローバルスタンダードに基づいた人権方針の負の影響を緩和するための社内システム構築や高リスク事業のモニタリング、海外での現地調査についてのお問い合わせ、ご支援をさせていただくことが多くなっています。ご質問、お困りのことがありましたら、どうぞお気軽にご相談ください。

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